岡山にいるのに暗殺の名手、宇喜多直家を知らないんですか?

2018年5月28日

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移住して「岡山っていったら、宇喜多直家っすよね~」と言って「誰それ?」みたいな顔をされて驚いたはるまきです。

戦国三大梟雄のあの宇喜多直家さんですよ!?

「趣味は暗殺」とプロフィールに書きそうなくらい、戦国時代に暗殺しまくって、領土を守ったあの宇喜多直家さんですよ!?

日本で初めて鉄砲で暗殺したあの宇喜多直家さんですよ!?

しつこくてすみません。

ご尊顔はこちら。


出典:Wikipedia

戦国時代がそこそこ好きな人なら、宇喜多直家を知っている人は多いですが、確かに興味のない人からしたら、「宇喜多秀家じゃなくて?」という聞き返しがかろうじである位ですね。

別に知ってる必要もないですが、まあ個人的に好きなので、名前だけでも覚えて帰ってくださいませ。

 

なぜ、彼は暗殺ばかりをしたのか?

宇喜多直家の置かれた環境

冒頭でこれだけ暗殺のことを強調したので、彼を極悪人って思いますよね。

でも、宇喜多直家の境遇を知ると、暗殺が乱世を生き残る方法であったと感じます。
まあ、やっていることは鬼畜ですが。

 

宇喜多直家は1529年に生まれて、1582年(「本能寺の変」の4か月前)に死んでいます。
享年53歳。

で、暗殺をゴリゴリに開始する1560年時点での勢力図はこんな感じです。

出典:城郭探訪

はい、今の岡山県近くに注目です!
宇喜多家の勢力、超小さいですよね。
しかも西には巨大な毛利家がいるけど、今の岡山や兵庫の辺りって小さい勢力が乱立してたんですね。

こういうところでは、小競り合いが絶えないので、いつ生きるか死ぬかのサバイバルです。
そんな中では、暗殺を卑怯とか言ってられないですよね。

そもそも「正々堂々と勝負するのが武士道」みたいな教えは、統制の整った江戸時代以降に、統制を乱す考えを無くすために出来上がった考え方です。

宇喜多直家の生まれた環境

戦国時代は今よりもずっと生まれた環境がその後の人生を左右します。
生まれた時から裕福なら生きやすいですが、貧乏ならそこからサバイブするしかないです。
THE 下剋上!

宇喜多直家の場合は、浦上家の家臣のお父さん宇喜多興家の息子としてスタート!
・・・が、6歳の頃、おじいちゃんの宇喜多能家が同僚に攻め滅ばされてしまい、お父さんに連れられ、備前福岡(岡山の長船近く)に落ち延びます。
全然ツテもないので、15歳頃まで不遇の日々を過ごします。
いきなり、大きなハンデありですね。

が、ここで天の救い。
お父さんが昔勤めていた浦上家が兄弟分裂してくれたおかげで、成人していた直家はなんとか分裂側(弟側)の家臣になれました。

・・・と、こんな感じの生い立ちです。
一応、15歳で成人したときは、まだ暗殺に手を染めてないですが、不遇な環境であったことがその後の生き方に影響しているのは間違いなさそうです。

 

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で、どんだけ暗殺したの?

「直家がどんな人生だったか?」については、ぶっちゃけ宇喜田直家の伝記とか読めば良いので、ここはキャッチーに「どんだけ暗殺したのか?」を紹介します!
もはや暗殺マニアですw

 

30歳(1559年)

中山 信正
直家の妻のお父さんを宴会で暗殺。

島村 盛実
直家の祖父を自害させた人物。暗殺して復讐。

 

32歳(1561年)

穝所 元常
元常が男色であることを聞き、美少年を送り込み色仕掛けで油断させて暗殺。

 

37歳(1566年)

三村 家親
顔見知り程度の2人を雇い日本で始めて鉄砲で暗殺。

 

39歳(1568年)

宇垣 与右衛門
鷹狩中に「鹿と間違えたわ」という口実で弓矢で暗殺。

松田 元賢
直家の娘婿。戦で攻め立て自害させる。娘も自害。

 

41歳(1570年)

金光宗高
直家の家臣。岡山に城下町を作りたかった直家が、内通の言いがかりをつけて自害させる。

 

46歳(1575年)

浦上 久松丸
元主君の浦上宗景を追放した後に傀儡として擁立。用無しになり毒殺。久松丸の母も一緒に毒殺。

 

48歳(1577年)

浦上 宗辰
直家の娘婿。元主君の浦上宗景の嫡男。機嫌伺いに来たところを毒殺。娘も自害。

 

50歳(1579年)

後藤 勝基
直家の娘婿。戦で攻め立て自害させる。娘も自害。

 

52歳(1581年)

伊賀 久隆
直家の妹婿。死に際に自分の家臣の中で領地が多かった久隆をお茶に呼び、毒殺。

 

年代不詳

谷川 久隆
娘婿。毒殺。

 

ヤバい、暗殺しすぎ。。
一応、知っている限りこんな感じなので、30歳から53歳の23年間で12人を暗殺w
2年に1人を暗殺してる。

もう特技は暗殺ですね。

しかも、縁組みで身内にして、6人も暗殺。
しかも、娘も自害って・・・
冷酷すぎる・・・

あ、ちなみに、この本は、そんな宇喜多直家の娘の視点で書かれてますよ。
下剋上の生々しさが分かるし、直木賞候補作だけあって、面白かったです。
興味あればどうぞ。

 

ちなみに、暗殺の成果もあって、息子である秀家の代には、豊臣秀吉の家臣として今の岡山の大半を領地としております。
闇雲に暗殺していた訳ではないんですね。

出典:戦国時代勢力図と各大名の動向ブログ

 

こんだけ無茶苦茶なのに最後は病死

「暗殺しすぎだから、恨みを買いまくって最後は自分も謀殺でしょ!」と思いますが、病死です。
天寿を全うしてますw

こんだけ無茶苦茶やってますけど、昔からついてきてくれる家臣はとても大切にしたらしいです。
直家は恐れられてはいても、謀反を起こされることはなかったみたいです。

戦乱で生き残るために暗殺という手段を使ったため、家臣と一緒に籠城戦では餓えを耐え忍んだりして、傍若無人な人間ではなかったようです。

まあ非道するぎるから故にちょっと良いエピソードがあると良い人に見えちゃうやつですねw

どうでしたか、ちょっとは興味もってもらえましたか?
「宇喜多直家 暗殺 非道 家臣を大事にするやつ」くらいは覚えてもらえたらうれしいです☆

少し興味もった人はこの本も面白いですよ。
宇喜多直家が「なぜ暗殺という手段を使ったのか?」、「なぜここまで残忍にならなければならなかったのか?」が描かれてます。
小説なので、美談っぽいところももちろんありますが、直家魅力に気づける一冊です。

 

直家の子、秀家が建てた岡山城についてはこちらをどうぞ。

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