大学生の時にしていた新聞奨学生の話。

2018年5月28日

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僕の家は、家庭的に金銭的に余裕がなく、僕が私立大学にいくことになった時、新聞奨学生っていう制度で大学にいくことにしました。

今回はそんな新聞奨学生のお話。

そもそも、新聞奨学生ってほとんど知られてないと思いますが、簡単に言うと、学生である自分は新聞配達にまつわる仕事(労働)する代わりに、新聞社は大学の学費を全額払っくれる制度です。細かい制度の話は、ウィキペディアに譲りますね。

で、大体この話だけ切り取って方々で話をすると、「シングルマザー → 金銭的な余裕がない → 自立して学費を稼ぎながら大学へいく(新聞配達で!) → 偉い!!」っていうストーリーができて、「本当に立派だね」とか、「大変な苦労をしたんだね」とか色々褒めていただけるんです。

実際に、新卒採用の時に、エントリーシートと面接でこの経験をフル活用したら、反応が超良かったです。

 

「苦労=清く正しくストイック」っていう綺麗なものではない

ただ、話に続きがあって、学費以外にも給料を貰っていて、これが月15万円位でした。

しかも、新聞社が借りているアパートに住み込みなので、家賃もタダで、水光熱費もほとんど補助が出て、毎月15万円は、自由に使えていました。

加えて、継続契約を獲得したら、インセンティブで一件数千円は貰えていたので、多いときは17万円とかいただけていました。
(継続契約ではなくて、新規契約だったらもっとインセンティブが高かったんですが、飛び込み営業はビビッてできませんでしたw)

こんな感じなので、自由に使えるお金が多くて、周りの学生よりは、お金がありました。

ランチが5000円とかのお店も全然なんとも思わなかったし、ブランド服とかも毎月何か買ってたし、母の日に高いデジカメを買ったり、夜の街に遊びにでかけたりもしてました。
(…今思うと意外と小さい買い物ばっかりしていますね。しかも女っ気がない…漂うイケてない学生感)

なので、苦労している=克己的、ストイック、清く正しいみたいな要素ってあんまりなくて、その分の負のエネルギーをどこがで発散して調和を保てるんだと思います。

しかも、お金はあっても、労働はブラックっぽくて、

・週7日勤務

・毎朝3時に朝刊配達 ※朝刊がないのは月一回の休刊日のみ

・毎夕15時に夕刊配達 ※夕刊がないのは日曜日と祝日のみ

・ほぼ毎日夕刊配達後に折込チラシの準備

・月下旬から月初は18時から20時位までは集金業務

・時々継続契約の営業
※空いている時間に大学へ行く

という感じでした。

大学3年生になる時に新聞奨学生を辞めたので、満2年このライフサイクルで、いつも寝不足過ぎて、大学で顔が青白くて、ひょろひょろしてたので、アスパラガスとか言われた時もありましたw

で、やっぱり寝不足とか疲労があったからか、いつも何かにイライラしていて、どしゃぶりで朝刊配達していた時に、原付がスリップで転倒して、ビニル包装された新聞が路上にバラまかれて、なぜかコンクリートを何度も踏みつけながら、

「死ねやーーーーー!あんーーー!ああああああああああああ!」

とどしゃぶりの中、ブチ切れてましたし、朝刊後家で朝ごはんを作ろうとしてコンロに置いたフライパンが誤って床におちた時も、なぜかブチ切れて、フライパンに対して

「なんじゃこらーーーー!あああああああああ!文句あんのかあjdじゃおいsfさおい!」

となっていました。。
やっぱり、清く正しくなんていう精神状態じゃないですね。もうヒステリーです…

今振り返ると、もう一回新聞奨学生をやれって言われても絶対やらないし、たぶん視野が狭かったからこそ、疑うことなくできたんだったと思います。

しかも、ずーと同じ生活を続けると身体も慣れてきて、「このままでも良いかも~」って思うこともあって、思考停止しそうになることも多かったです。
(結局、自分の中にいるリトルはるまき(古いっすね☆)が、「いや違うだろ!」って思ってくれたおかげで、無事辞めました)

 

なんで2年間続けられたのか?

それでも2年間続けられたのは、お金をそこそこもらっていたのに加えて、単純なことを少しずつ最適化することは結構楽しかったからです。

新聞配達って、確かに早起きで肉体的には疲れるんですが、作業自体は超単純で

新聞に折り込みチラシを挟んでいく

原付に新聞を積む

配達

の3ステップだけです。

で、始めたばかりの時は、140部位で、担当区域を2時間15分位で回ってました。

ただ、睡眠時間を少しでも確保したかったこともあり、爆速で配達をした結果、3か月後くらいには、1時間30分位まで配達時間を縮めました。

…けど、爆速で配達しすぎたせいで、店長から
「ん、はるまきくん早いね?隣の区域の人辞めることになって、困ってたんよ~。はるまきくんにお願いするわ!」
と言われ、結果、260部位に増え、2区域配達することになり、任された当初は、配達時間が2時間15分に逆戻りしました。
(この時は、「は??なんで仕事増えて行くねん!睡眠時間どうすんねん!!!!」と憤っていました)

とは言え、もう配達しないといけなかったので、細かいことを超絶最適化していきました。

・折込チラシを新聞に挟むための新聞とチラシの最適な配置

・積み直しが少なくて済むように、前カゴに芸術的なほど高い新聞を積み上げる

・前カゴ横にも新聞が入るバックを設置する

・配達の規定ルートを自分で組み直して、最速で回れる新ルートを作る

・ともかく走る!走る!
など

を毎日毎日進めた結果、2時間15分から1時間30分位まで行きました。
(元に戻りましたw)

しかも、配達忘れがない記録も更新し続けて、本社から表彰していただいたりしました。

この少しずつ記録が良くなっていくのは、結構快感でしたし、今でもこのちょっとずつ何かを改善していく作業は好きです。

※後日談ですが、僕が辞めたあと、僕の区域を引き継いだ人は結構大変だったらしくて、とんでもないスピードで配達していたので、「配達が遅い!」っていう苦情の電話が結構あったらしいですw

 

労働の対価に見合ってたかは分からないけど、ネタにはなった

やっぱり、2年分の学費を払わなくて良かったのは、大きいです。
(ちなみに、辞めてからの残り2年は幸いなことに大学の成績上位者だったおかげで、半額給与、半額無利子貸与で学費を賄えました。)

ただ、この新聞奨学生は自由がほぼない(旅行なんてまず行けません)ので、それが耐えられなさそうなら、辞めた方が良いですね。

「若いうちから苦労しておいた方が良い」みたいな考え方も苦手なので、そういう意味でも新聞奨学生はおすすめはしないです。

けれど、新聞奨学生で経験した話とかをお酒の席とかで話すと盛り上がるし、ネタになるんで、とても良い経験だったなあとは思います。

しかも、新聞配達で出会った人たちは、今の生活では出会わない人で、それも良かったです。

この人たちの会話すると、話題のほとんどが、酒、たばこ、パチンコ、競馬、風俗、ゴシップネタとかで、こういう話に対する抵抗も持たないですみました。
※高校卒業して大人に混じって始めて仕事をしたのが、こんな環境だったので、新聞奨学生を辞めた後に始めたバイトの大人たちが、超真面目に見えました。

今は、働き方改革とかブラック企業に対する世間の目も厳しくなっているので、さすがに改善されたのではと思っていますが、どうなんでしょうか…?

ただ、これからは、大学も淘汰されていくと思うし、大学の学費も奨学金以外で別の支払い方ができるようになっていくかもしれないので、そこは今後に期待したいです!

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