自分が「面白い!」と思える生活を送りたい。

2018年5月28日

スポンサーリンク

これは、僕の生活の価値観みたいな話です。
(ちょっとコピーライトっぽいのは気にしないでください)

この考え方になったのは、割と最近で、結婚する前位かもしれないです。
なので、それまでは、

・いかに社会にインパクトを残すか

・仕事を通して世の中にイケてるサービスを提供するか

・アイデアによって地域を豊かにするか、

・どうやって世の中を豊かにするか

とか少し大きなことを考えていました。
正確に言うと、今も別に考えてない訳じゃないし、「そうなったらいいな」とは思っています。ただ、自分がどう生きたいかをシンプルに考えた時、

自分が面白い!と思える生活を送りたい。
コピーライト2回目の登場。

になりました。

 

自分が熱量をもって考えられないことは、優先度を落とす

こう言うと、よく

「若いね。仕事とかってつまらなくてもやるでしょ。」

「自分以外に関心ないとか、最近っぽいね。もう少し社会のことに目を向けたら?」

とか言われるんですが、、、

はい、確かにそうかもしれないです。

開き直ってるわけじゃないですよ!(笑)
実際、本当にそうなのかもしれないです。

ただ、こう考えるようになったのは、高校時代、大学時代、社会人初期まで、少し大きな社会問題とかを考えて議論とかしたり、理屈を展開してみたりしてたものの、結局、具体的な思考とか、行動とかに全然落ちていなかったっていうことの反動が大きいです。

20代前半までは、社会問題とか政治とかに、賢そうなことはそれっぽく多分話してたと思うんですけど、熱量がなかったんです。

多分、問題意識が、ずっと遠くの方にあって、自分の近くに落ちて来ないんです。

けれど、頭の中に、「何気ないことに幸せ感じちゃうとか、つまないだろ」っていう、今思えば、観点がズレちゃっている考えが、いつもどこかにあって、無理をして本読んで考えていました。

そういえば、この面倒な状態真っ只中の大学生の頃、教授にされた何かの質問に、難しい言葉を使って答えたら、「自分の言葉で喋りましょう。それが大事です。」って言われて、「なんで伝わらんのかな?」って思ってましたね。

(かなりこじらせてますね。。恥ずかしい。。)

 

面白かったことが、いつの間にか使えない道具になっていた

でも、振り返ってみると、本を読み始めたのは、僕が大学で新聞奨学生している時に、「時間がなくても家でできるのって読書かな」って思ったのがきっかけで、それから「へえー、本ってすごい面白いじゃん!」って思うようになったんで、もともとは、自分に寄り添う身近で面白いものだったんです。

それが、いつの間にか、知識を溜めるため道具になって、ほんのちょっとばかり社会問題とかも話したり、批評できるようになったけど、熱量が足りないから薄っぺらくて、「何やってんだろう」って思いましたね。

読書で「なんで息苦しいことしてんだろう」って、社会人3年目くらいの時に切実にそう思って、
止めました。

自分が面白そうと思える本を読もうと思いました。(すごく当たり前ですね)

で、そんな状態の時に、読んだのがこの本!

 

 

人文系の中では結構有名かと思います。

表紙に書いてある「何をしてもいいのに、何もすることがない。だから、没頭したい、打ち込みたい……。でも、ほんとうに大切なのは、自分らしく、自分だけの生き方のルールを見つけること。」っていう言葉が、賢そうなこと言いながら熱量がなくて、見えない何かに焦っていた当時の自分と重なって、あっという間に読めました。
あと、著者の國分さんの本は、人文書の中でもあり得ないほど、するする読める文章を書く方で、イケメンな文章を書く人だなあと思っています(ちなみに顔も普通にカッコイイですw)

当時の自分には下の言葉が、刺さりましたね。

『ある哲学の概念についてどんなに多くの知識をもっていようとも、その概念について問うことで心揺さぶられたり、心が捉えられるといった経験がないならば、その概念を理解したことにはならない。哲学の概念は人に訴えかける。その訴えかけを受け止めていないのなら、その概念を理解したことにはならない。』 『暇と退屈の倫理学』より引用

 

※完全に蛇足ですが、大学時代に人文系の本にハマっている時があって、難しそうな言葉がカッコイイなと思ってました。
アウフヘーベン(止揚)」とか、「絶対矛盾的自己同一」とか、超カッケーと思っていました。
(今でも思ってるw)

それが高じて、フリーペーパーとかも作ってました。
「就活は必要か?」っていうお題を、それぞれの哲学者に答えてもらうっていう特集とか作って、ディオゲネスっていう哲学者が「ニートこそ理想。働いたら負け。」みたいな答えになって、制作したメンバーでニタニタしてました。

 

この『暇と退屈の倫理学』を読んで、「自分が変わったよ!!」っていうほど、全然大げさなものではないんですが、「自分が面白いと思えるように生きよう」って思える後押しにはなりました。
そういう意味でも、「当時、無理してて良かったかもなあ」って思います。ちょっと無理してないと、たぶん、こういう気づきもなかったですね。

 

熱量をもてることを増やそう!取り組もう!

僕の周りの同世代でも、とてつもない熱量をもって行動している、起業家とか、社会活動している人、クリエイターとかいて、凄いなって思います。

でも、自分はそういう人たちの「見えている表層の部分」を目指すんじゃなくて、自分の半径数メートルくらいしか影響を与えなくても、しっかり熱量が出せるところでやっていこうと思います。
(こうやって言葉にできるようにもなれて、移住してブログ始めて良かったです(笑))

はい!そんな感じです。

自分が面白い!と思える生活を送れるようになる
コピーライト3回目の登場。

を意識して、これから岡山で生活していきます。

スポンサーリンク