桃太郎伝説発祥の地、吉備津神社と吉備津彦神社って知っている?

2018年5月28日

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先日、吉備津彦神社に行ってきたはるまきです。

立派でとても風格ある社殿ですよね。
とっても気持ち良い場所でした!

あ、吉備津彦神社って知っていますか?
岡山駅から車で20分位のところにあって、桃太郎伝説発祥の土地としても有名なところです。

「なるほど、だから、岡山って桃太郎を使ってPRしてるのか」

そうなんです!
あの「桃太郎」は、ここに祀られている「大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)」が吉備の国を平定する際に、温羅(うら)という渡来人と戦かったことがモデルになったと言われてるんです。
この桃太郎伝説も面白いので興味あれば調べてみてください。

で、この神社の始まりは、第10代天皇 崇神天皇の時代に、 吉備の国平定のために中央政権から派遣された「大吉備津彦命」が、吉備の国を平定した後に永住した屋敷跡(吉備の中山)に社殿を建てたことがきっかけだそうです。

ついでに、豆知識ですが、吉備津彦神社は主祭神が男の神なので、千木(ちぎ)(社殿の屋根両端のバッテンのところ)が縦にカットされています。
(主祭神が女の神だと千木が横にカットされることが多いです)
へえー。

何はともあれ、「大吉備津彦命っていう神が英雄なんだろうなあ」とは想像つきますね。

 

吉備津彦神社の近くに吉備津神社っていう神社もある

岡山に住んでいる人なら知っていますが、吉備津彦神社の約2キロ先に吉備津神社という神社があります。
むしろ、こっちの方が大きな神社です。

で、この吉備津神社の主祭神も「大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)」です。

ん…?神様が同じ?

神社で神様が同じことは全然珍しくないですが、たった2キロの間に同じ神を祀る立派な神社が2つあるのは何か不思議ですよね。

ということで、吉備津彦神社の観光ガイドさんに話を聞くと、

「それは、昔、備前の国と備中の国がともに、吉備津彦命を祀った神社を造ったから」
だそうです。

確かに「吉備中山」を境に備中と備前が分かれていて、備中の国には吉備津神社、備前の国には吉備津彦神社が建っていますね。
へえー。

ここで気になるのは、
何で2つの国が吉備津彦命を大々的に祀っているのか?
っていうことです。

これもガイドさんに話を聞くと、
当時の中央政権(大和政権)が、強大な力を持っていた吉備の国を従えた後、吉備の国の弱体化を図るため、備前、備中、備後(後に、美作の国もできる)に分国して、それぞれの国で「大吉備津彦命」を崇められるように吉備津神社を建てたから
とのことでした。
実際、備後の国(今の広島県福山市周辺)にも吉備津神社は建っています。
へえー。

ん、でも、この「大吉備津彦命」って、吉備の国からしたら、平定されちゃった挙句、各国で祀らされて……結構鬼畜。。
しかも、「吉備中山」って、古代から吉備の国の神体山(しんたいさん)として信仰の対象だった聖地に、社殿を建てちゃうだから中央政権って超ドSじゃん!

って思います…

が、不思議なのは、ここまでやられて地元の吉備の国の人が反乱していないということ。
いくら何でもここまで抑圧したらキレますよね、普通。

だから、より自然に考えるなら、

中央政権がまだ治安の安定していなかった吉備の国に「大吉備津彦命」を派遣して平定させる

治安が良くなり庶民が喜び、「大吉備津彦命」を神体山としても信仰のあった吉備中山に祀る

時が経ち、吉備の国が力を持ち始め、巨大な国になる

恐れた中央政権が制圧し、分国化する

「大吉備津彦命」は信仰が厚かったので、各国に祀ることにした

…っていう成り行きのような気がします。
実際、大吉備津彦命を派遣して平定したのは、史実によると1~2世紀で、吉備の国が分国化した7世紀なので時間の流れも自然です。
(ただ、吉備津彦神社も吉備津彦神社もいつ建立されたのかハッキリしていないみたいですが)

まあ、この辺は掘り下げてみたい人は調べてみてください。
結構、面白そうですよ。

 

そんなこんなで、あまり纏まってないですが、吉備津彦神社&吉備津神社は昔の吉備の国の強国っぷりを感じるほど立派な社殿ですので、ぜひ一度は行ってみてください!☆

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